アルツハイマー病は痴呆を主な症状とする脳の病気で、老人性認知症の一つです。40〜50歳代と比較的早期に発症する若年性で遺伝的要素をもつものとアルツハイマー型認知症の大部分を占める老年性アルツハイマー型認知症に分かれ、患者の脳に共通して見られるのは、老人班といわれるシミのようなものと神経原線維変化です。
老人斑は主成分がβアミロイドと呼ばれる42個のアミノ酸からなるたんぱく質であることが分かっています。アルツハイマー病の患者の脳内では異常なくらい大量の老人斑の沈着が起こっており、神経細胞死を急速に広げてしまう。アルツハイマー病の脳内で最も早期に見られる現象であり、老人斑はアルツハイマー病の原因として大きく関係があるとされてきました。
「アミロイドベータ40とアミロイドベータ42を細胞外に分泌しており、なかでも神経細胞は多く分泌しています。分泌されるアミロイドベータのほとんどがアミロイドベータ40で、アミロイドベータ42は10%以下です。ところが、脳内には分泌量の少ないアミロイドベータ42が蓄積します。アミロイドベータ42 は、2 残基が余分についたため、きわめて凝集しやすいことが特徴です。」と東京大学大学院医学系研究科神経病理学井原教授が記述しています。
教授が東京都老人総合研究所に在籍していたとき、多数の非痴呆老人脳の側頭葉新皮質を用いて、タウ蛋白の蓄積とアミロイドベータの沈着を調べたところ、多くの非痴呆老人で、神経原線維を構成するタウ蛋白は蓄積していなかったが、アミロイドベータがたくさん沈着していた。それまでは、アミロイドベータの沈着はアルツハイマー病に特異的であると思われていたため、一般の非痴呆老人例で、なぜ、これだけ多くのアミロイドベータが沈着するのかが予想外だったとのことです。
ダウン症の患者は、100 %の確率でアルツハイマー病の病理をもつようになることが分かっており、各年齢の患者を調べれば、アミロイドベータとタウ蛋白の時系列を追うことができるはずだと、英国のマンが考えて、実際に6歳から71歳までのダウン症患者の標本を集めて解析した結果、アミロイドベータは約30歳から沈着するのに対して、タウ蛋白が蓄積するのは40歳ごろからという結果が得られたということです。
このことは、アミロイドベータの蓄積が直接の原因でなく、タウ蛋白の蓄積による神経原線維によってアルツハイマーが発症するのか、アミロイドベータ蛋白と相互に影響しあって発症するのかということのようです。老人医療センターの症例では、異常タウ蛋白の蓄積が主体の症例が多く、かつそこから痴呆になっている症例が多いとのことです。
科学技術振興事業団と民間との共同研究で、「可溶性のアミロイドベータ」に注目し、アミロイドベータの複数ある形の中で、微量に存在し、特定の形をとるアミロイドベータが、神経毒として働くのではないかと仮設を立てて研究を進めた結果、可溶性のアミロイドベータである42個のアミノ酸からなるたんぱく質に強い毒性があることを見いだし、その毒性をアミロスフェロイドと命名しています。
アルツハイマー病発症とアミロイドベータ蓄積の間に残る謎を解き、過去のタウ蛋白リン酸化酵素Iの研究も踏まえ、アミロイドベータ42のアミロスフェロイド形成から神経細胞死、そしてアルツハイマー病発症と言う一連の流れがあることを提案しています。
一方、最近の研究によるとアミロイドベータは、アミロイド繊維を作る前に、数十個の分子が集合体を形成し、これが脳内を徘徊して神経細胞のシナプスに悪さを働き、神経伝達が阻害されて認知機能に支障をきたすと考えられるようになってきました。これをオリゴマー仮説として、大阪市立大学大学院医学研究科の富山貴美准教授、森啓教授らの研究グループによって提唱され、現在多くの研究者によって指示されているようです。
また、最近の易学調査ではアルツハイマー病の発症の背景には動脈硬化症があるとされています。リポ蛋白酸化変性やアポ蛋白E表現型と動脈硬化症やアルツハイマー病の発症との関連が注目され、活性酸素によって酸化修飾された脂質過酸化物が血管や神経組織に蓄積して細胞を損傷してしまうことが考えられ、動脈硬化症の発症、進展に関わる原因物質として酸化した悪玉コレステロール(LDLコレステロール)が注目されている。
いずれにしても、何故、アミロイドベータの沈着や繊維化が、発生してしまうのか、その要因とは、どのようなことなのかを知ることで、対処方法が見えてきます。その要因として一番に挙げられるのは、何といっても血液の汚れではないでしょうか、それが動脈硬化症を招き、過剰な脂質や糖質にまみれて、満足な酸素の供給やカルシュウム、マグネシュウムなどといった脳細胞が必要とする栄養素の供給不足が、アストロサイト(星状グリア細胞)やミクログリアでの炎症を招いてしまいます。
平均寿命が著しく短かった戦前にはアルツハイマー病は、ほとんど発症例がなく、社会問題になりようがなかった。戦後、医学の進歩によって平均寿命が飛躍的に伸びた結果、高齢化とともにアルツハイマー病を発症することは、きわめて現代的な病気になっています。
75歳くらいまでは、100人につき数人ときわめて低い値ですが、80歳代では確実に増大し、80歳から85歳で1割合ほどに、85歳以上では2割合強になってしまいます。85歳90歳代になると、100人に40人が痴呆で、ほとんど二人に一人が痴呆になるようです。このように、痴呆患者は80歳以降に急増し、80歳以降に指数関数的に増大する痴呆の大多数はアルツハイマー病によるものと考えられています。
しかし、国民健康・栄養調査の結果によると、ここ10年の間に糖尿病及び予備群が500万人と飛躍的に増えており、今後も毎年50万人が、加算されていくかも知れないことを考えると、アルツハイマー病の増大が懸念されます。
特に、2006年に厚生労働省が発表した国民健康・栄養調査結果の概要によると、糖尿病と予備群の数は、前回調査から4年間で250万人増加し、計1870万人と推計されることがあきらかにされています。男性が880万人、女性が990万人で、問題は女性が200万人も増えていることです。この傾向が続くとアルツハイマー病だけでなく、骨粗鬆症や悪性腫瘍(がん)などの罹患率が若年化とともに予測を超えて確実に増大していくことになるようです。
出典:アルツハイマー病はどのようにして発症するか(井原康夫東京大学大学院医学系研究科神経病理学教授) |